「コドモノ」ってこと
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すでに満ちている
子どもの前に立つと、つい欲が出る。もっとできるように。もっと伸びるように。この子の、まだ見ぬ未来を思い描いて。それは、大切なことだと思う。でも先日、その願いを一枚ずつはがしていったとき、いちばん下に残ったのは、ずいぶん素
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「力」って
生きる力。学力。人間力。コミュニケーション力。非認知能力。そして「資質・能力の三つの柱」。 教育の世界は、子どもの成長を、ほとんど例外なく「力」の語彙で語ります。「生きる力」を掲げてから、まもなく30年。私たちはこの言葉
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「うまい発問」の先にあるもの——子どもの思考は、誰のものか
先生たちのなかで、多く交わされる言葉は「発問」と「指導」。あの場面の問い方はどうだったか。どう切り返せば、もっとねらいに迫れたか。ぼくたちは額を寄せ合い、熱心に技術を磨こうとする。 けれど、その熱心さの足もとには、ひとつ
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すでに教える前に
すでに主体として 教える前にすでに子どもたちは主体として生きているぼくたち教師の意識に先立って子どもはすでに主体として「いる」 思っているのと反対 もしかすると子どもは不完全なところがあって教師が導かなくてはいけないそん
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主体性を問う
主体性を問うこと自体に課題がある主体性は他者によって意味づけられるものではないだろう子どもはすでに主体として生きているすでに主体として生きている子どもを大人が見つめ 価値づけ その主体性を意味づけることはすでに主体として
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目的のない時間
学校では どんな教育活動にも 目的がある目標なんて言われたりする授業をするにも 行事をするにもゴールを意識して先生として 子どもたちに 指導?するでも 「せんせい」は本当の本当はそうじゃない次元にも目を向けてなきゃいけな
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おしりがむずむず
子どもの頃の はじめての授業参観ぼくは 椅子に ちゃんと座っていられなかった大人になってから 母親に言われた反対を向いて 椅子の背もたれに両足をのせてたって今でも なんとなく そのときの気持ちを覚えてるその当時 母親は
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子どもは大きくなる
子どもは大きくなる大きくなるように ぼくらがコントロールしてるんじゃない子どもは、自分の想いで大きくなる先生は そんな単純なことを忘れることがある自分が育てているんだと子どもは、自ら大きくなる子どもは、自ら自らを育むその
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あいさつ
あいさつはコドモノあいさつは社会にでて大切だからとかあいさつは人と人をつなぐものだからとかあいさつは人間関係の潤滑油だとか大人の論理であいさつを語りたくないあいさつは、スキルや社会的なツールじゃないあいさつはコドモノ子ど
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大人になる途中
子どもは「大人になる途中」じゃないでも、ときに大人は子どもを「大人になる途中」という存在として見てしまう見てないって思っても、どうしてもそういう目が働いちゃう 「今」という瞬間 「今」という瞬間を生きるかけがえのない一個
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コドモノ目
「コドモノ目」がキラキラしているっていう「せんせい」はそのキラキラを知ってる自分の目で見ちゃってる 客観的なエビデンスっていう狭くて分かりやすいものにとらわれるとキラキラ?きらきら?それって何ってなる証明できるのって?何
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ちゃんと、しっかりと
ちゃんと、しっかりちゃんとして、しっかりやろう抽象的で、何だか分からない大人が子どもに言いがちなワード何がちゃんとで、何がしっかりか大人の目からみた「ちゃんと」大人の目からみた「しっかり」大人の枠組みが強ければ強いほど大
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コドモノ主体性
子どもを主体としてみる 「主体性」って言葉を多く見る子どもの「主体性」が育まれていくためには結論、子どもを「主体」としてみるってことにつきると思うじゃあ、「主体」としてみるって、どんなことだろう 「子ども」という言葉 「
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コドモノことを語ろう
「せんせい」の楽しみ 職員室で、子どもの話をする「せんせい」の楽しみ今日、あの子はこんなことがんばったこんなことができるようになったコドモノ笑顔や涙を、学びを語り合うこんな楽しい時間はないときに指導しなくちゃいけないこと
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「コドモノ」
学びは「コドモノ」ってこと 授業は「せんせい」がするものだけどそこで生まれる学びは「子どものもの」「コドモノ」なんだと思う。でも授業をしていると、指導案って言われるのかな自分の思っている授業の流れがあって自分が考えている