「せんせい」の授業
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怒るの嫌
怒らないように、と何度も、自分に言い聞かせた。でも、感情の波は、こちらの都合など、おかまいなしに、押し寄せてくる。せんせいも、人間だ。感情が出ること、それ自体が、悪いわけではない。ただ、こどもの育ちとは関係のない、大人の都合の波は、避けたい。どうしたら、いいんだろう。ずっと、向き合いつづけること。それが、大切なのかもしれない。
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その子の、分かり方
ひとりの子が、ぼくの教えたやり方とはぜんぜんちがう方法で、問題を解いていた。ぼくは、どうしても、自分の見ている世界から、こどもを見てしまう。でも、本当の意味で、その子が分かるということ。それは、ぼくの世界に、その子を連れてくることじゃない。その子の世界のほうへ、ぼくが、歩いていくことなのだと思う。難しいなあ。
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よい、わるいの、むこう
よい学校にしよう。よい授業を。よい教育を。どれも大切な、まっとうな願い。でも「よくしよう」というとき、ぼくたちは、今の「よくないところ」を見ている。学びや教育には、「よい/わるい」とは、ちがう世界が、あるのではないか。ものさしを、そっと置いたとき、はじめて見えてくる世界がある。
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形にしたもの
点数や、賞のようなものは、わかりやすい。形になっていて、目に見える。だから、つい、それに手をのばす。でも、ほんとうのほんとうは、たぶん、そこにはない。それは、やっぱり、形にしたもの。そのことに気がついたとき、ぼくは、やっと、ほんとうのスタート地点に立てた気がした。そこから、こどもとの学びが、はじまる。
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こどもが、つくる教室
うつくしい教室。掲示物は、みんな同じ大きさの色画用紙。まっすぐに、等間隔で、貼られている。ひとつの乱れもない。きれいだな、と、たしかに思った。でも、しばらく見ていて、ふと、さびしくなった。この教室は、だれがつくったのだろう。ぼくは、こどもがつくる教室であってほしい、と思う。
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どこに、立つか
時間は、過去から未来へと一直線に流れている。ぼくたちは、あたりまえのようにそう思っている。でも、ほんとうの世界は、たぶんそれとは違う。学校の姿も、どの地平に立つかで、まるで違って見えてくる。「せんせい」にとって、いちばん大事なことのひとつは、たぶん、どこに立っているか、ということだ。
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レンズを、とおして
せんせいをしていると、日常のすべてが、教材研究になる。同じ一つのものでも、教科の視点で見ると、見え方が、まるでちがってくる。ただ、それは、あくまでレンズをとおして見た世界。レンズをかけて見た世界と、はずして見た世界と、その両方を見ながら、今日も、授業を考える。
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まず、やってみないと
とにかく、まずは、やってみないと。パソコンも、AIも。鉛筆と消しゴムも、自転車も。どんな道具だって、まずは、使ってみないことには、始まらない。大事なのは、たぶん、その道具を「どう使うか」だ。
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ものさしが来た日
ものさしが来た日のことを、ときどき思う。なにも奪わないよ。なにも禁じないよ。ただ、きみがどれだけできるか、測ってあげる。わるいことは、なにもない。だから、ぼくらは、うなずいた。
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験(ため)される場所
手数が増えると、嫌になる。子どもたちを見ていて、そう思う。そして、子どもだった自分を思い出しても、そう思う。ほんとうに必要な分だけでいい。
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「したい」が、先に
子どもたちに、学ぶことの楽しさを、味わってもらいたい。ずっと、そう思っている。でも、その「楽しさ」は、どこから来るのだろう。考えてみると、いつも、あるひとつのところにたどりつく。
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箱から、考えない
授業って、一つの教室で、みんなでやるもの。——ぼくたちは、そう思いすぎているのかもしれない。そう思うのは、あるころの自分の授業を、今になって思い出すからだ。
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ことばって、呼吸する
子どもが書いた文章を読むと、大人の目には、どこか整っていないように見える。主語と述語がねじれている。同じ言葉が何度も出てくる。話があちこちへ飛ぶ。つい、赤えんぴつで直したくなる。でも、直す前に、少し立ち止まりたい。ほんとうに、それは「間違い」なのだろうか。
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沈黙って、すてきだなあ
沈黙って、すてきだなあ。そう、自然に思えたら、いいなと思う。ふだん、ぼくたちは、静かになると、なんだか落ち着かない。間があくと、埋めたくなる。でも、沈黙は、たぶん、埋めるべき空白ではないのだ。
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学びは、向こうからやってくる
算数の時間、ずっと首をかしげていた子が、ある瞬間、「あ」と言う。目の色が変わって、さっきまで止まっていた手が、急に動きだす。ぼくは、特別なことは何もしていない。さっきと同じ説明を、もう一度しただけだ。でも、さっきは届かなくて、いまは届いた。あの「あ」は、いったいどこから来たのだろう。
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雨の日には、雨の日の授業がある
雨の日には、雨の日の過ごし方がある。暑い日には、暑い日の過ごし方がある。窓の外が変われば、家での時間の流れ方も、自然と変わっていく。 授業も、そうなのだと思う。教室には、その日の天気がある。子どもたちの呼吸がある。リズム
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「うまい発問」の先にあるもの——子どもの思考は、誰のものか
先生たちのなかで、多く交わされる言葉は「発問」と「指導」。あの場面の問い方はどうだったか。どう切り返せば、もっとねらいに迫れたか。ぼくたちは額を寄せ合い、熱心に技術を磨こうとする。 けれど、その熱心さの足もとには、ひとつ
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『みんな同じ』をやめることから
特別支援学級に通う子どもの数がずいぶん増えた。インクルーシブ教育、という言葉がどこでも語られるようになった時代に、なぜ子どもたちの学びの場の「分離」は進んでいるのだろう。その問いに向き合うとき、ぼくはいつも、自分の教室の
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「せんせいの、待つ仕事」
子どもの前に立つとき、ぼくたちはいつも何かをしようとしている。声をかけ、問いを出し、次の手を考える。でも、「何もしないで待つ」ということが、ときにいちばん深い仕事になることがある。 待てない 授業中、子どもに問いを投げか
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教材研究って
暮らしそのもの 教材研究は、日常の生活すべて何をしているときもそれぞれの教科の目で「世界」をみてるこどもたちに 見せたいなこどもたちに 問いたいな日々の何気ない暮らしが教材研究そのものってことそのことじたいを知っているっ
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教えることをやめたとき
「せんせい」にとって 教えないことも とっても大事難しけど とっても大事ひとりの子が、窓の外を見つめてたもうひとりは、鉛筆をじっと見つめてたなにも起こっていないように見える時間でも そこには確かな「 」があった それは
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教材研究
教材研究って「せんせい」のしごとがあるでも、それってもう、しごとじゃない教材研究って 教材を研究することだけどほんとのところは どうだろう みるものすべて みるものすべて教材にならないかなって「せんせい」してるとそうなっ
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授業の準備
授業の準備は、時間的に難しいだって、一日の授業、5~6時間分を前日に考える時間ってある?ノートに計画を書いて、いろんなことを調べてそれをず~と続けるかなり、ハードモードのゲームみたい 授業の要を決める そんな時間のないな