プロフィール

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SENSEI NO SHIGOTO

教室で子どもたちと過ごしてきた日々のなかで、考えたことを書いています。ゆっくり、ひとつずつ。

せんせいのしごとは、ランニングに似ている

今日も、走った。

走りながら、ふと思う。学校教育というのは、ある意味で、ランニングに似ているな、と。短距離走ではなくて、うんと長い距離を、こつこつ走っていく。それに近い気がするのだ。

花火ではなく

一日を、花火のように盛り上げることは、いくらでもできる。楽しい企画、派手な演出、あっと驚く仕掛け。子どもたちは喜ぶし、それ自体は、悪いことではない。あってもいい。

でも、せんせいのしごとの大切なところは、たぶん、そこではない。

花火は、上がった瞬間に、いちばんきれいで、すぐに消えてしまう。子どもとの関係は、そうではない。一年、二年、いや、それよりもっと長い時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりと育っていく。派手さで測れるものではないのだと思う。

演技では、続かない

子どもといっしょに過ごすということは、パフォーマンスや、演技では、やり通すことができない。

一日なら、演じられる。一週間も、なんとかなるかもしれない。でも、一年、二年となると、無理がくる。作った自分は、長くは続かない。それに、子どもは、案外、ちゃんと見てる。この先生は、いま、無理をしているな、と。

だから、せんせいは、普段通りの、その人らしい姿でいるのが、いちばんいいのだと思う。飾らず、気負わず。特別なことをしようとするより、いつものその人が、そこにいること。関係は、そういう日々の積み重ねのなかで、少しずつ、育っていく。

ペースを守る

ランニングが教えてくれることがある。最初から飛ばすと、必ず、どこかで、無理がくる、ということだ。

はじめに全力で走ってしまえば、途中で足が止まる。息が上がって、いちばん走りたかった後半を、走れなくなる。教育も、きっと同じだ。派手なパフォーマンスで飛ばしていくと、どこかで、子どもか、自分か、あるいはその関係のどこかに、ひずみが出てくる。

大切なのは、たぶん、持久力だ。速さではなく、続くこと。自分のペースを、守ること。

こどもとの時を、大切にしたいから

ぼくは、子どもとの時を、大切にしたい。

だからこそ、ペースを大事にしたいのだと思う。教育は、長い営みだ。長い距離を、これから、ずっと走っていく。途中で息切れしてしまわないように。いちばん大切な場面で、ちゃんとそこにいられるように。

派手なことは、いらない。ゆっくり、ゆっくり。自分のペースで、その人らしく。それが、長く走り続けるためのコツなのかもしれない。