情熱のうちの、冷静さ
だれもが、それぞれに、いろんなことを抱えて、生きている。
このごろ、そんなことを思う。
それぞれの、抱えているもの
子どもたちは、一人ひとり、ぼくが経験したこともないようなことを、経験している。ぼくが考えたこともないようなことを、考えている。
その子の背負っているもの、その子の見ている世界を、ぼくは、ほんとうのところ、分かりきることができない。分かったつもりになった瞬間、いちばん大切なところを、取りこぼしてしまう。だから、先生にできることには、たしかに、範囲がある。
でも、それは、あきらめではない。できる範囲を、きちんと知っていること。それは、むしろ、誠実さなのだと思う。
焦らないこと
だから、焦らないこと。
すべてを、なんとかしようとしないこと。一度に、全部を変えようとしないこと。ただ、いま、自分にできることを、丁寧に、粛々と、積み重ねていく。
情熱がないわけじゃない。子どもたちのことを想う気持ちは、たぶん、誰にも負けない。でも、その情熱を、そのまま、勢いだけでぶつけない。情熱のうちに、静かな冷静さを、たずさえていること。——それが、せんせいには、いちばん大切なことなのかもしれない。熱く、そして、静かに。
みんなで、今日を
そして、それは、子どもだけの話ではない。
同じ大人である、先生方も、それぞれに、いろいろなことを抱えている。家のこと、体のこと、言えない悩み。みんな、なにかを抱えながら、それでも、朝、学校に来る。
学校とは、そういう、いろいろな人が集まる場所なのだ。それぞれの事情を、それぞれの重さを抱えた人たちが、集まって、みんなで、今日という一日を紡いでいく。なんでもない一日を、でも、二度と来ない、かけがえのない一日として。
少ないけれど、大きい
せんせいにできることは、じつは、少ない。
その子の人生を、まるごと引き受けることはできない。その子の未来を、決めることもできない。ぼくにできるのは、ほんの、わずかなこと。
でも、その、わずかなことの影響は、たぶん、とても大きい。かけた一言。向けたまなざし。信じて、待った、あの時間。——小さなことが、その子のなかで、ずっと生き続けることがある。
だから、丁寧に。そして、冷静に。 できることは少ない。でも、その少しを、心を込めて。それが、せんせいのしごとなのだと、ぼくは思っている。