せんせいのしごと
記事一覧 3 / 10 ページ
-
大事だと思う、そのことを
せんせいをしていると、「これは大事だ」と思うことが、たくさんある。それは、たぶん、ほんとうに大事なものなのだと思う。でも、と、ふと立ち止まる。ほんとうのほんとうのところは、どうなのだろう。
-
終わりがないから、区切る
せんせいのしごとには、終わりがない。想いを込めれば込めるほど、しごとは、どこまでも、増えていく。終わりがないからこそ、自分で、区切ることが、必要になる。区切ることは、逃げではなく、誠実さの、一つのかたちなのだと思う。
-
見えないもの、といっしょに
教室には、雰囲気、というものがある。うまく説明はできない。でも、たしかに、ある。目には見えないのに、確かに、そこにあって、はたらいている。ぼくたちは、いつも、見えないものと、いっしょに生きているのだ。
-
情熱のうちの、冷静さ
だれもが、それぞれに、いろんなことを抱えて、生きている。子どもたちは、一人ひとり、ぼくが経験したこともないようなことを、経験している。だから、先生にできることには、たしかに、範囲がある。でも、それは、あきらめではない。
-
分かる、ではなく
自分のことが、自分でも、よく分からない。でも、それは、当たり前のことなのだと思う。分かるわけが、ない。「分かる」というのは、なにかを、対象として、外から眺めることだから。
-
くちびるを、噛んだ
運動会の、開会式。みんなの前で、マイクの前で、あの子が立っていた。代表のあいさつ。話し始める、その直前。あの子は、くちびるを、軽く噛んだ。
-
ことばは、どこからくるのか
ことばは、どこからくるのだろう。あたまで、かんがえて、ことばになるのだろうか。それとも、こころから、うまれてくるのだろうか。あるいは、だれかとの出合いのなかで、ふいに、生まれるのだろうか。
-
ものさしが来た日
ものさしが来た日のことを、ときどき思う。なにも奪わないよ。なにも禁じないよ。ただ、きみがどれだけできるか、測ってあげる。わるいことは、なにもない。だから、ぼくらは、うなずいた。
-
験(ため)される場所
手数が増えると、嫌になる。子どもたちを見ていて、そう思う。そして、子どもだった自分を思い出しても、そう思う。ほんとうに必要な分だけでいい。
-
「したい」が、先に
子どもたちに、学ぶことの楽しさを、味わってもらいたい。ずっと、そう思っている。でも、その「楽しさ」は、どこから来るのだろう。考えてみると、いつも、あるひとつのところにたどりつく。