せんせいのしごと
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教材研究って
暮らしそのもの 教材研究は、日常の生活すべて何をしているときもそれぞれの教科の目で「世界」をみてるこどもたちに 見せたいなこどもたちに 問いたいな日々の何気ない暮らしが教材研究そのものってことそのことじたいを知っているっ
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子どもの声を聴く感覚
子どもの声を聴く感覚があるかどうかそれが「せんせい」にとっては とてもだいじ小学校で 大きな声で 元気に子どもたちの前に立てればいいわけではないどちらかというと 発することができるかではなく「聴く」という感覚があるかが大
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主体性を問う
主体性を問うこと自体に課題がある主体性は他者によって意味づけられるものではないだろう子どもはすでに主体として生きているすでに主体として生きている子どもを大人が見つめ 価値づけ その主体性を意味づけることはすでに主体として
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客観的という針の穴
みんな客観的が好き客観的な評価 客観的な視点 客観的なエビデンスでも そこには大きな問題が3つある1 本当の意味で客観的なんてものはない2 子どもを対象物としてみてしまう3 判断が偏る 1 本当の意味で客観的なんてものは
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教えることをやめたとき
「せんせい」にとって 教えないことも とっても大事難しけど とっても大事ひとりの子が、窓の外を見つめてたもうひとりは、鉛筆をじっと見つめてたなにも起こっていないように見える時間でも そこには確かな「 」があった それは
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そらを みあげて
きみが そらを みてたからぼくも そらを みた なんにも ないのにこころが ふわっと うごいた きみと そらがなにか はなしてた
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目的のない時間
学校では どんな教育活動にも 目的がある目標なんて言われたりする授業をするにも 行事をするにもゴールを意識して先生として 子どもたちに 指導?するでも 「せんせい」は本当の本当はそうじゃない次元にも目を向けてなきゃいけな
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ゆだねることで
つかもうとすれば にげていくまとめようとすれば ちらばっていく こどもたちは 風のようきまったかたちに おさまらない おとなは ときどき こわくなるうまくいかないと おもってしまう だから ぎゅっとにぎってしまう声を大き
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ことばのない おくりもの
なんにも いわなくてもそばにいるだけで うれしいときがある はなしをしない そのしずけさがまるで やさしい てがみみたいにこころに ふれてくる ことばが ないからたいせつなことが きこえる きみの ひとみかすかな いきを
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おしりがむずむず
子どもの頃の はじめての授業参観ぼくは 椅子に ちゃんと座っていられなかった大人になってから 母親に言われた反対を向いて 椅子の背もたれに両足をのせてたって今でも なんとなく そのときの気持ちを覚えてるその当時 母親は