せんせいのしごと
教室の日々のなかで、ぼくが考えたこと。ゆっくり、ひとつずつ。
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こどもは、ファンタジーのなかを生きる
絵本を読んでいる子どもの顔を、すぐそばで見ていると、感じることがある。その子は、いま、物語のなかにいる。ページの向こうの世界を、ほんとうに生きている。子どもにとって、空想は、つくりものではない。
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出合うということ
あの子は、何が言いたかったのか。もう卒業して、何年も経つのに、ふとした瞬間に、その顔が浮かぶ。ぼくは、あの子にちゃんと出合えていたのだろうか。かかわれていたのだろうか。答えは、いまも出ない。
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記録の中に、子どもはいない ―ともにいる時を―
先生の仕事で、自分がいちばん力を出したいのは、いつだろう。当たり前のことだけれど、それは子どもといるとき。でも、その当たり前が、案外むずかしい。気づくと、子どものいない時間のほうに、いちばん力を注いでいることがある。
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こどもといるって、ふしぎ
卒業していった教え子に、会うことがある。すっかり大人になっている。正直に言うと、はじめの一瞬、誰だか分からない。でも、少し話しているうちに、大人びた今の顔の奥から、小さかったころの面影が、にじみ出てくる。
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その子が見ている世界を
「子どもが好きなんですね」と言われることがある。先生をしているから。誰でも、口では「子どもが好き」と言える。でも、ほんとうに好きかどうかは、たぶん、言葉ではないところで、分かってしまうものだ。
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出合いとしてのあいさつ
朝、校門に立って、登校してくる子どもたちと「おはよう」を交わす。何十回、何百回と繰り返してきた、ありふれたやりとりだ。あいさつは「大切なもの」として教えられる。でも、その「大切さ」を、どこかで取りちがえてないだろうか、と最近思う。
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学びは、向こうからやってくる
算数の時間、ずっと首をかしげていた子が、ある瞬間、「あ」と言う。目の色が変わって、さっきまで止まっていた手が、急に動きだす。ぼくは、特別なことは何もしていない。さっきと同じ説明を、もう一度しただけだ。でも、さっきは届かなくて、いまは届いた。あの「あ」は、いったいどこから来たのだろう。
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すでに満ちている
子どもの前に立つと、つい欲が出る。もっとできるように。もっと伸びるように。この子の、まだ見ぬ未来を思い描いて。それは、大切なことだと思う。でも先日、その願いを一枚ずつはがしていったとき、いちばん下に残ったのは、ずいぶん素
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柳
ずっと、風に吹かれる柳のようでいたいと思ってきた。かたく構えず、しなやかに。強い風が来ても折れず、ただ受け流して、また元に戻る。教室でも、職員室でも、そんなふうに在れたら——と。先日、そのことを教え子に話したら、笑われた
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「力」って
生きる力。学力。人間力。コミュニケーション力。非認知能力。そして「資質・能力の三つの柱」。 教育の世界は、子どもの成長を、ほとんど例外なく「力」の語彙で語ります。「生きる力」を掲げてから、まもなく30年。私たちはこの言葉